2012年6月11日月曜日

『記憶/物語』p75~p123 3:応答 B



コメント、というより僕の思考の履歴を文章にあらわれるままにメモした感じです。
まず、問い応答のやりとりについてコメントを。
ただし、問いの立て方、そしてそれに対する応答の仕方が適切かどうか、という問題は、僕にとっては(最近は)おもしろくないのであまり言及しません。また、テクストを読みましたし、面白いところつまらないところもあったのですが、既に各々理解をまとめて頂いているので、ここでテクストの細部に改めて言及しないことにします。
僕の思考のきっかけとなったのは、応答の際に応答者がメールで言及した以下の文章です。(ブログ本文では出てこないので紹介します)

2012年6月10日日曜日

『記憶/物語』p75~p123 3:応答 A



1.    他者の声その働き

まず、「シャティーラの4時間」における他者の存在ですが、私はこれを〈出来事〉の分有に必要不可欠である「受動性」を他者にもたらし、彼らの生の攪乱を果たすものだと読み解きました。

 ジュネの「シャティーラの4時間」を論じる箇所において、筆者・岡は以下のように述べています。

2012年6月1日金曜日

『記憶/物語』p75~p123 2:応答



1

「他者とは誰なのか?」という問いは、(ジュネの「シャティーラの4時間」の例に限らず)この第II部を貫く大きな問いです。

他者とは誰なのか?
その問いに答える補助線として筆者は「単独性」という概念を持ち出します。

〈出来事〉の記憶としての証言を「私」が受けとるということ、それは、このような時間的、空間的な単独性、そして「私」という人間の単独性にどこまでも貫かれている。