2012年3月21日水曜日

『記憶/物語』pⅲ~p74 2:応答

さて、まず「記憶の分有は可能か、可能だとしたらどの程度のレベルで可能なのか」という問いについてです。1の担当者が書いているようにこれは本書の問いそのものなので、まだ本書の途中までしか読んでない段階では暫定的にしか考えられないということは断っておきます。
岡真理のこの問いにおいても、1:問いの担当者のこの問いにおいても、“記憶”という語はともにトラウマ的、あるいは暴力的出来事の記憶のことを指しているわけですが、一旦もっと広い意味での記憶一般について考えてみたいと思います。

2012年3月4日日曜日

『記憶/物語』pⅲ~p74 1:問い


皆さま,こんにちは.岡真理『記憶/物語』で《はじめに~部(pⅲp74)》の問いを担当することになりました.よろしくお願いします.
この勉強会は皆で同じ本を共有しているわけですが,当り前ですが一人ひとり読み方も感じ方も違うと思うので,僕がどのような読み方をしたのかに触れつつ,問題を立てたいと思います.ですので少し長めになってしまいますがお付き合い頂ければ幸いです.
まず論点の整理をするために,岡のことば遣いについて確認をしたいと思います.岡は〈出来事〉(この〈〉は,「主体的に体験される出来事」として,直接的には体験されない客体的出来事と区別し
ているのではないかと思います)の分有可能性という切り口で,記憶と物語の連関について議論を展開しています.自らが体験した唯一無比の〈出来事〉の記憶を,どのようにして自分ではない他人と分有することができるか(あるいは,分有することは果たして可能か).また,その役割を担い得るのが「物語」であるわけですが,ここで言う「物語」は「小説」という表象形式と一線を画すものとされています.