さて、まず「記憶の分有は可能か、可能だとしたらどの程度のレベルで可能なのか」という問いについてです。1の担当者が書いているようにこれは本書の問いそのものなので、まだ本書の途中までしか読んでない段階では暫定的にしか考えられないということは断っておきます。
岡真理のこの問いにおいても、1:問いの担当者のこの問いにおいても、“記憶”という語はともにトラウマ的、あるいは暴力的出来事の記憶のことを指しているわけですが、一旦もっと広い意味での記憶一般について考えてみたいと思います。
トラウマ的な記憶に限らず記憶一般は、それも、記憶されている出来事の表面的な事実ではなく、その出来事が体験者にとってどのような意味を持つのか、どのような感覚、感情を引き起こしたのか、どのような足跡をその人に刻み込んだのか、ということは他者と共有可能なのでしょうか。(ところで、本書ではなぜ“共有”ではなく“分有”という言葉が使われているのでしょうか。辞書を引いてみると共有と分有は意味が違うようですが、文脈的に共有の意味で使っているとしか思えないので、“共有”だということにして進めていくことにします。)私は、厳密に言うならば共有は不可能であると思います。
私たちが自分に起こった出来事について、そしてその出来事が自分に何をもたらしたのかを誰かに伝えようとする時、必ずなんらかの媒体を経由してそれを行います。それは言葉だったり、身振りであったり、表情であったり、あるいは声のトーンに意味を持たせようとすることもあるでしょう。それでは、「こういう意味内容を伝えたい」となった時、どんな言葉を選ぶか、どのような身振りを選ぶかというのはどのように決まるのでしょうか。例えば、“鉛筆”という誰もが同じ物体を思い描くようなことを伝えたい時はなんの問題もありません。単純に“鉛筆”と口にすれば、相手には誤解の余地も無く“鉛筆”という意味が伝わるはずです。しかし、今問題となっているのは“鉛筆”のような私たちの頭や心の外に物体として独立して存在しているものではなく、出来事が私たちに刻み込んだ足跡です。これは私たちの頭の中、あるいは心の中にしか存在しません。例えば、好きな人と偶然街中で出くわして会話を交わしたとします。その出来事を通して感じた感覚を人に伝えたい時、「ドキドキした」とか「甘酸っぱい感じがした」とか「緊張した」とか、そういった言葉を選ぶと思います。ここでなぜ「ドキドキした」という言葉を選ぶかというと、私が今までの人生の中で見聞きしてきた「ドキドキした」という表現が使用されたシチュエーション、実生活で友人から聞いたセリフの中だとか、読んだ小説の中で使われていたとか、そういったシチュエーションの集合から判断すると、どうやら自分の体験した出来事のシチュエーションもそれに近いし、似たような感覚がそこで表現されているに違いないと思うからです。つまり、「ドキドキした」というフレーズを見聞きした今までの経験の総体が私にとっての「ドキドキした」の意味を形作っていて、今回の自分の感覚がそれに当てはまると思うからです。「悲しい」というフレーズについての経験の総体から類推すると、今回の感覚は「悲しい」だと合致しない気がするわけです。さて、自分の中にある言語体験の集積が自分にとっての言葉の意味を決めていて、それに従って自分は表現しているわけですが、受け手にとってはどうでしょうか。「ドキドキした」という言葉を聞いた受け手は、「ドキドキした」という感覚が私たちの頭や心の外に独立して存在しているわけではない以上、自分の感受性の中で「ドキドキした」の意味を解釈するしかありません。その時に解釈の元となるのは、話し手の時と同様、「ドキドキした」というフレーズについての経験の総体、そして経験の総体がその人の中に形作った「ドキドキした」の意味です。受け手の中にある「ドキドキした」の経験の積み重ねの中に、話し手の発した「ドキドキした」が位置づけられ、「この場合の『ドキドキした』はきっとこういう感じだろうな」という処理がなされるわけです。整理してみましょう。話し手の中に出来事が足跡を刻みます。話し手は自分の言語体験の総体からその足跡に「ドキドキした」というフレーズを割り当てて「ドキドした」と表現します。受け手は「ドキドキした」というフレーズの持つ自分の言語体験の総体の中の位置付けから、きっと話し手はこのような感覚を持ったんだなと類推します。さて、話し手の言語体験の総体と受け手の言語体験の総体が形成する意味枠組は同じでしょうか。同じ日本語をしゃべっていても、それは違うはずです。別々の人生を歩んできたのだから、「ドキドキした」というフレーズについて2人が経験してきたシチュエーションの総体は違うものになっているはずです。ですから、話し手が表現した出来事の足跡は、言葉という媒介を経て、受け手の中でややずれた意味内容として再現されているはずなのです。以上の考察から、出来事の記憶、出来事が体験者にとってどのようなものであったのかという、その感覚は他者とは共有不可能だと言えると思います。
一般の記憶、あるいは体験者が表現可能な記憶について、その他者との共有不可能性について書いてきました。本書で問題となっている暴力的な出来事についてのトラウマ的記憶については、そもそも表現が不可能なのですから、その他者との共有不可能性については言わずもがなです。トラウマ的記憶の表象不可能性については、本書の中でも一貫したニュアンスで何度も記述されているので、特にここでは言及しません。
ここまで述べてきたように、「記憶の分有は可能か」という問いに対して、厳密な意味では、つまり記憶が体験者にとって感じられているのと同じように他者も感じることができるかという意味では、不可能であるというのが私の立場です。
しかしながら、暴力的な出来事についてのトラウマ的な記憶が存在することを他者が感じること、そしてその暴力の深みを推し測る(あくまで推し測る)ことは不可能では無いように思われます。たとえ、表象不可能であり、また当事者と同じような感覚を他者が抱くことが不可能であっても。記憶自体は共有できなくても、そのような記憶が存在しているという認識を共有することは、一つの記憶の共有であると言えるかもしれません。(というか、本書で主題となっているのはむしろそちらの方かもしれない。)
では、表象不可能な記憶の存在はどのように他者に伝わり、共有され得るのか。本書では2つの例が挙げられています。一つは小説『アデュー』、もう一つは大越愛子による「慰安婦」の証言についての文章です。
小説による記憶の分有の可能性について岡真理はこう書いています。
言葉では語りえないものが、小説であればにわかに、言葉で語ることができるようになるなどということではない。むしろ、ここでわたしが示唆したいのはそれと
は反対のことである。〈出来事〉というものが本質的にはらみもっている再現することの不可能性、それをいかにしてか語ることによって、小説はそこに、言葉では
再現することのできない〈現実〉があることを、言いかえれば〈出来事〉それ自体の在処を、指し示すのではないか(p15)。
そのような〈出来事〉それ自体の在処の指し示し方は、小説という表現形態でなくてはできないというわけではないと私は思うのですが、とにかく小説ではそういうことが可能だと岡真理は述べていて、『アデュー』を例にそれを説明しています。フィリップと再会したステファニーは狂気を患っていて、敵軍の手に落ちている間に受けた暴力について話すことができないし、またそれ以前の記憶についても話すことができない。そして、フィリップが用意したセットの中で記憶を取り戻した時も、暴力的な記憶については一切話すことのないまま、〈出来事〉の暴力性を拒否して死んでしまう。ステファニーの突然の死を目の当たりにしたフィリップは、そのことによって戦争という終わったはずの〈出来事〉の暴力性の中に取り残される。そして最後にフィリップが唐突に自殺してしまうことによって、ステファニーの理不尽な死が理不尽なまま、さらにフィリップの理不尽な死も加えられて、読者へと投げかけられる。この一連の流れを岡真理は、ステファニーのトラウマがフィリップに転移し、フィリップのトラウマが読者に転移すると表現しています(p21~p22)。ステファニー本人からは一度も表現されることの無かった〈出来事〉の暴力性が、このようにして読者に“その内実は分からないけれど、説明できないもやもやを刻み込まれる”という形で伝わり、共有されることになるわけです。
もう一つの例、「慰安婦」の証言について考えてみましょう。p29~p30の大越愛子の文章を読んで岡真理は躓いてしまったと述べています。私がここで言及したいのは、岡真理がこの文章に感じた抵抗の二つ目、「私は女の歓びを知らない」という表現の陳腐さと、証言者が体験した出来事の悲惨さのギャップです。悲惨な出来事の体験者がそこで自分が受けたダメージについて語る時、その出来事の重みに応じて重い深い言葉が使われると思うのが普通です。しかし、この慰安婦だった女性は陳腐な表現でそれを語っている。そして岡真理はそのギャップにこそ暴力の深さを読みとっています。もし、〈出来事〉の重みに応じた適切な表現が証言に用いられていたら、それは証言者が〈出来事〉を過去として馴致していて、適切な距離を置くことができていることを示します。過去として馴致できていないほど重い〈出来事〉だからこそ、陳腐な表現になっているというわけです。陳腐な表現しかできないのは、証言者にとって適切に言語化できないほどにその記憶が暴力性を持っているからなのです。このように、他者は、表現と出来事とのズレの中に、表現者が受けた暴力の深さを読みとり、気付くことができるかもしれないのです。
さて、以上2つの例を見ましたが、どちらも当事者による〈出来事〉の暴力性の表現のなんらかの欠如(前者は当事者からは全く表現されない。後者は陳腐な表現になっている。)から、逆説的にトラウマ的な記憶の存在を読みとるというものでした。私は、このような形の記憶の共有可能性は表現する側よりも、受け手の側に賭けられているように思います。
『アデュー』という小説において、批評家たちにトラウマの転移の連鎖が読みとられてこなかったことをフェルマンは指摘しています(p22~p23)。批評家たちは、戦争という出来事がリアルに再現可能であるという幻想に囚われているから、ステファニーのトラウマを読みとることができないのだと。
私自身、本書で引用されている大越愛子の文章(p29~p30)を最初に読んだ時、「女の歓びを知らない」という表現には少しの違和感を覚えたものの、そこにトラウマの存在を読みとることや、陳腐さを感じ取ることはできませんでした。(そこに存在するトラウマへの私の盲目は、私のどんな欲望と結び付いているのでしょうか。)
記憶の共有が可能かどうかは、明示はされなくとも滲み出ているトラウマの痕跡と、受け手との相性、あるいは受け手の想像力にかかっているというのがここでの私の結論です。
さて、二つ目の問い「記憶は分有すべきものなのか、いかなる理由または水準で『分有すべき記憶』という判定は可能になるのか」という問いについてです。
記憶が共有されるべきなのは、一つは暴力的な出来事についての経験が社会の中で共有されることがその再発防止に役立つから、もう一つは不条理な出来事の記憶を抱えている人がいるという認識が社会に共有されることは、記憶の当事者が不条理に不条理のまま直面することを助けるから、だと思います。
まず、一つ目の理由から説明します。本書「はじめに」では、パレスチナ人が被ってきた暴力が世界的にあまり知られていないことに言及し、次のように書かれてる箇所があります。
私たちがそれらについて知らないということ、それらの名前の世界的な忘却が、それらの暴力的な〈出来事〉が繰り返し繰り返しパレスチナ人の身に再帰するこ
とを可能にしている大きな要因でもある。(pⅷ)
ユダヤ人がナチスから被った暴力については、ある程度世界的に共有された記憶になっていると言えるでしょう。(ここでの“共有”は、私が厳密には不可能であると述べた“共有”ではなく、暴力的な〈出来事〉についての記憶が存在しているという認識が共有されているということです。)そして、そのことが様々な政治的なイベントや芸術作品などを通じて表現されてきたことが、私たちに「そのような事態を二度と起こしてはならない」という思いを強く植え付けてきたのは間違いないと思われます。一方、記憶の共有が進まなかったパレスチナについてはどうでしょうか。ユダヤ人が被った暴力と同じように、記憶の共有が進んでいたら、パレスチナ人の身にたびたび起こる暴力はその度に欧米諸国でもトップニュースとして報道されたであろうし、「パレスチナでの暴力を二度と起こしてはならない」という思いが人々に強く植え付けられていたら、報道に触れた人々は抗議の声を上げ、欧米諸国の政府はイスラエルに圧力をかけていたかもしれません。パレスチナ人が暴力の再発から守られていた可能性もあったわけです。
暴力的出来事の再発から被害者を守るために、記憶は共有されるべきだと思われます。
そういった観点から考えた時、オウム事件や阪神大震災が本書で取り上げられなかったのは、少なくとも日本社会の中ではその記憶が広範に共有されているからだと思われます。忘却という暴力にさらされている〈出来事〉ではないと言ってよいと思います。もちろん、1:問いで引用された文章の後者で「『人にはわかってもらえないだろうな』という気持ちはあります」「でもほんとうの恐さというのは、誰にもわからないですよね。『わかってほしい』とも思わないけれど、、、、。」とあるように、厳密な意味での記憶の共有、つまり当事者の内面に記憶がどういう足跡を刻み込んでいるか、というところまでは共有されていないと思いますが。
次に、記憶を共有すべき二つ目の理由です。本書のベッテルハイムの言葉を紹介している箇所を引用します。
不条理な死、人間が理解可能な意味世界のなかに位置づけることができない〈出来事〉の暴力に直面することこそが、そのような不条理な死を死なねばなら
なかった者たちに残された、最後の、人間としての尊厳である。(p47~p48)
不条理な〈出来事〉に不条理として向き合うこと、それが不条理を被った当事者の尊厳を守ることであり、また不条理な出来事を起こした暴力の根源を否定することでもあると述べられています。では、当事者が不条理に不条理として向き合うための条件はなんでしょうか。それがまさに、記憶が分有されていることなのだと思います。社会で広く共有されている記憶が、本書でいくつかの例を挙げて述べられているように“他者”の否定の上に形成されているのだとしたら、“他者”たちが自らの“他者性”にしっかり向き合うのは難しいでしょう。ここで言う他者というのは本書に即して具体例を挙げれば、“乗り越えた記憶として戦争を扱いたい人々に対しての、戦争の暴力を現在進行形で生きている傷病兵”、“アメリカの国民主義の称揚というナショナルな欲望に対しての、アメリカ人によって殺された対戦国の兵士や先住民”、等のことです。つまり、世界とはこういうものであって欲しいという多数派の欲望に対して否定を投げかけるような、「いや、そうではない現実についての記憶がここにあるのだ」という他者の存在です。この社会に表象不可能で意味づけのできない不条理な〈出来事〉を被った人々がいるということは、多数派の欲望に沿った意味づけで完結するはずの社会の成り立ち(についての記憶と物語)を揺るがします。当然、“他者”たちは社会から拒否反応を示されます。不条理な〈出来事〉の当事者は、ただでさえ表象不可能なその記憶について、人々にその一端でも示すことを躊躇してしまうでしょう。
ところで、本書の『ワンダフルライフ』での素人俳優の語りから感じられる不安について言及した箇所で、岡真理は次のように述べています。
記憶を語るという営為は、語り手が主で、聞き手が従であるというような関係でなされるのではなく、語り手と聞き手が共同で作りあげていくものなのだ。(p65)
記憶を他者に語るという行為、しかも自分にとって、もっとも大切な記憶を人に話すということがいかなることなのか、彼らの語りははからずも証している。ただ、
出来事の記憶を語っただけではだめなのだ。それは、他者に理解されなくてはならない。出来事のリアリティがしっかりと受けとめられなくてはいけない。
(p65~p66)
記憶を語るということが、このように他者からの受容を必要とする共同作業であるならば、社会からの受容を期待することのできない“他者”たちは、その不条理な〈出来事〉の記憶を不条理なまま語り、社会に対して、そして自分に対しても示すということができないことになります。これでは、不条理を被った人々の尊厳が保たれません。彼らの尊厳が保たれるために、記憶は共有されなくてはいけないのです。
さて、それでは「いかなる理由または水準で『分有すべき記憶』という判定は可能になる」のでしょうか。これは、私にはめちゃくちゃ重要でかつ不可能な問いであるように思われます。どんな出来事が破壊的でトラウマ的なダメージになるかは、人によって違います。戦争被害のような誰しもが納得するようなものもあれば、日常生活で人から何気なく言われた一言が深い傷になるような場合もあるでしょう。この文章の前半で述べたように出来事がその人の中にどのような足跡を刻み込んだかは、他人は認識し得ないというのが私の立場ですから、他人と共有可能なものさしや基準を持ってきてそれを測るというのは不可能だと思います。また、主観的にもその傷の深さを測り得ず、他者に対しても表現できない記憶がトラウマ的な記憶だと呼ばれるのならば、それはほとんど「分有すべき記憶かどうか判定不可能であることが、トラウマ的記憶の定義である。」と言っているような気さえします。
他者との共有の不可能性、あるいは共有すべきかの判定不可能性という性質が、同時に共有を渇望する性質でもあるというこの皮肉を乗り越える術はあるのでしょうか。第Ⅱ部にその答えを期待しつつ終わりたいと思います。